・感謝
ずっと小説を読んでる。
勉強になるかはわからないけど何も考えずに漫画を読んだりするよりは人の気持ちがわかったり思考力が高まるんじゃないかなと思った。
そのおかげか、よく昔のことを考える癖はあったけどその時考えてたことまで思い出せるようになった。
なぜ、こんなにも勉強に執着してるのかと思った。
中途半端であるけど心のどこかでいつも勉強しなきゃって思ってた。
家族に強制されたことはない。
むしろ中学生になるまでは碌に勉強もしたことなかった。
誰にも怒られなかった。
まあ、経済的な面で高校に行けないかもしれないっていう事実が当時の自分を動かしたんだけど、そのことで誰に責められたわけでもなかった。
中学生の時の成績はとんでもなく悪かったからいかなきゃと思ってた塾も友達に誘われてたまたま運良く続けて通わせてもらえた。
その時から身についた物だと思ってたけど、その時に芽生えた執着じゃないなってことに最近気づいた。
ふと小学生の頃の記憶を思い出した。
10歳の時に兵庫にある母親の友達の家に行った。
その人は女性だった、自分より結構年上の3人くらい子供がいた。
帰りか、その日の後かに「友達の一番上のお兄ちゃんは防衛大に行ったんだって」と母に教えられた。
その時初めて防衛大の話を知った。
まあ当時は自衛隊とかの詳しいことはわからなかったけど、めちゃくちゃ頭が良くないと入れないし学校にいながら給料が貰える、そういう話を聞いた。
当時は公務員とか自衛隊とか自分がなるという想像もしなかったけど、まあ勉強しながらお金が貰える所だという印象が強かった。
当時、学校行きたくなかったけど学校行きながらお金貰えるなら素敵なことだなって印象は凄かった。
この間のんびり仕事しながら思い出したのがこの出来事だった。
あぁ〜これだなーと思った。
もっと言うと小学生より前の当時の母親の仕事はパソコンで何かの設計図を書いていた。
パソコンがそこそこ使えた。
知り合いにもっとパソコンを使える人がいた。
今の母親はパソコンに弱くなってしまったけど自分は母親より多少パソコンに詳しい。
できるかは置いておいて、結構機械が好き。
これもこの時の環境のおかげなんだな〜って感じた。
三つ子の魂百まで、じゃないけど母親のパソコンを弄っている背中を見て離婚した母親と一緒にいて兵庫の友人のところについていったことが今の自分を形成してるみたいだった。
その時、初めて母親に感謝の気持ちを感じた。
その分野で大成功してるわけじゃないけどパソコンが好きで小説を読んだり思い立ったら勉強をしたいなって感じられる性格は結構ありがたいと思える。
もし離婚した親父について行ったらこうはならなかったかもしれない。
親父がいなければできないことはあったけどそれはあくまで金銭面のことかな、やっぱり内面を形成したのは母親なのかな、本人達はきっとそんな思惑はなかったんだろうけど。