僕は今何で勉強してるのかねえと言う疑問にブチ当たった。
造園の資格の勉強をしてるのは、造園学校を出てない自分が専門知識を一通り身に付けるにはそこがちょうどいいと思ったから。
まあ最悪転職とかしなきゃいけない時に何年働いてましたって言ったってその人間の程度はわからないからね。
漢字得意ですって言われるのと漢検3級持ってますって言われるのじゃあ分かりやすさが違うよね。
中学生くらいまでの漢字は不自由ないかなってイメージをもてる。
まあ副次的な考えとしては組合からお金が出るとか、ただただ働いてるだけじゃつまらないからってのはあるね…。
目標が無ければ休み時間はゲームとかやっちゃうんだよ。
息抜きにはいいけどそれが自分にとって気持ちいいことではないからね。
ある日あの時間無駄だったな〜って感じる事は極力避けたい。
暇なら勉強したり本でも読んでた方がいい。
無駄な時間本読んでたんだったとしたら、仮に全く必要ない情報であったとしても、まだ救いがある、気がする。
ここまで書いて思ったのは俺は昔から何かに抗って生きてるけど何に抗っているのかは定かではない。
無駄って嫌だなって気持ちは強い。
手元に残らないものって何となく嫌だ。
本やゲームは買うけど対価に見合ってなければ嫌だ。
かつての話なんだけど
結婚する前に元カノと付き合ってるんだか別れたんだか曖昧な時期に無性にムラムラしてバイト終わりに繁華街を目指してバイクで走ってた。
財布には数万円入ってた。
アレコレ出来ちゃうなって思ってアレコレするつもりだった。
ふと立ち止まってショッピングモールの駐車場に入り本屋に入った。
欲望のままに数万円を数分で使うこともできるけど後悔しそうだなって思った。
その数万円で本を買ってみたらどうかと思いついた。
本だったら、数分じゃ済まない、読みたい箇所の図や絵を眺めてるだけでも数時間はかかるだろうよ。
後にも何か残るだろうよ。
そう考えて一万円分の本を買って帰ったんだ。
世界史の図説、日本史の図説、色の歴史、本も高いからな、5冊くらい買ったと思うんだけど。
なんかわからないけど事あるごとに世界史の参考書は買ったり読んだりしてるから世界史には何か未練があるらしい。
まあその時勢いで読めた本は1〜2冊くらいだったと思う。
夜の街に繰り出して経験値を稼いで楽しめる人はそれでもいいんだけど自分にはその度胸も余裕もなかったんだなって今なら思う。
人それぞれだし、もちろん本を読む時間がもったいないって人もいるだろうね。
どっちもこなす人もいるだろうし、どっちもやらないで上手くやっていく人もいるだろうね。
まあでもこうやって俺自身の視野が広がったのは本や勉強のおかげだろうからやっぱり損はなかったんだろうねえ。
後はまあ欲望の溜まるタイミングで買ったり集めた本が放つオーラを解くために、今は本を読んでます。
積み本って勿体無いなあって横目で眺めて思いつつ生活してると余裕がない時に辛くなる。
あの本読まなきゃいけないんだと思いつつも増えていく辛さ。
入院したおかげで大分減った。
話が逸れたけどまあ勉強や読書の全般の動機や目的や理由はそんな感じか。
各々の勉強についてだと
毒劇物の勉強してる理由は仕事で除草剤とぁなんか成分のよくわからない薬品を使うのって気持ち悪いって思ってたのと、資格の名前が格好いいって思ったからだね。
実際勉強してみたら化学物質の性質とか分子とか基礎になるものが何となくわかってくると意味もわかって楽しかったりした。
言葉の語源がわかったような感覚になったりする。
各化学物質の用途がわかれば、日常生活で何かを観察したり点検したりする時に役立ちそう。
心理学は妻の為かな。
元々興味はあったけど、妻と暮らすようになって人が何を考えているのか興味を持った。
何を考えてるって言うと簡単な感じするけどもっと根本的に考えの原動力とか性格の基礎とか、どういう育ち方をするかとかで変化するものなんだとしたら心理学の基礎から勉強すれば何か分かりそうじゃないですか。
妻のこともわかるし周囲の考えや自分の悪いところなんかを客観的に学べれば妻の不安も取り除ける。
ウィンウィン。
そう簡単にはいかないけれど。
まあなんだかんだ言ったけど実家で1人でのんびりしてた時も資格勉強に興味あったけど全く身に付かなかった。
妻と結婚して少し経ったら資格取得できるくらい勉強に身が入るようになった。
つまり妻が原動力なんですよね。
何においても結局。